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商売の原点は変わらない 消費者が離れたのは 価値が創れないから 2015.02.23


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商売の原点は変わらない
消費者が離れたのは
価値が創れないから


横川 竟(よこかわ・きわむ)氏
[すかいらーく創業者]




 私は1955年、17歳の時に築地の商品問屋

 「伊勢龍商店」に住み込みで働き始めました。

 そこでお世話になった方々から、商売をする

 上で大事なことをたくさん教わりました。

 築地では、店のおやじさんからは商売のすべて

 を、おかみさんからはまかないや工夫を、そして

 お客さんからや周囲の人々からも多くの大事な

 ことを教わりました。


 「安全でおいしいものが食べ物である」というのが、

 築地で学んだ一番大事なことでした。


 人が生きる上での思想は、若い時につくられる

 ものです。私は、築地で4年の間に教わったこと
 
 を60年間愚直にやってきました。

 その中で赤字はいっぱい作りましたが、「お客さん

 をだまさない」「安全、おいしい、安心」の考え方は

 一度も変えていません。たとえ周囲からどう言われ

 ても、変えたくても変えられない価値観なのです。


 お客さんだけでなく、社員まで欺いてもうけに走って

 いる企業がありますが、そろそろそうした「欺く経営」

 からは、脱却してほしいものです。

 




すかいらーく創業者 横川 竟 氏

すかいらーく創業者 横川 竟 氏

「日経ビジネス」 2015.02.23 号 P.001




キーワードは、商売の原点です。


知育、体育、徳育に次いで食育が重要である、
と説明されることがあります。


食べることは、毎日のことですから、
どのような食品を、どのようにして、
どれだけ摂るべきなのかを考えることは、
大切なことです。


「食は、人を良くすると書く」


この言葉は、ある店の壁にかけられていた
ということを読んだことがあります。


食べものが、心身ともに健康にするという
意味に解釈しました。



すかいらーくは、業態をガラリと変えました。
高級ファミリーレストラン「すかいらーく」から、
低価格の「ガスト」をメインに店舗展開を促進
しました。


そうした流れの中で、創業家は経営から手を
引き、不祥事も発覚しました。
「ブラック企業」のはしりだったと言えましょう。


今回は、少々違和感を覚えました。


「お客さんだけでなく、社員まで欺いてもうけに
走っている企業がありますが、そろそろそうした
『欺く経営』からは、脱却してほしいものです」、
と横川さんが語っていることに対してです。


実態は把握していませんが、少なくとも店長が
過労死したことが、労災として認定されたこと
は事実なのですから。しかも、当時、経営トップ
に就いていたからです。


個人攻撃をしているのではありません。
事実に対して謙虚であるべきだ、と考えている
のです。時が過ぎたからもういいはずだ、
ということにはならないと思います。


それは、経営者であったからです。
絶大な権限とともに、重責を担っているから
です。



すかいらーくの社歴を Wikipedia で調べて
みました。



 1962年
  4月 - 横川端・茅野亮・横川竟(きわむ)・
  横川紀夫の横川4兄弟が、東京都北多摩郡
  保谷町(当時)ひばりが丘団地に食料品店
  ことぶき食品有限会社を設立。

 1969年
  7月 - 株式会社ことぶき食品に改組。

 1970年
  7月 - 東京都府中市に、スカイラーク
  1号店(国立店)開店。のちにひらがな表記に
  変更。

 1974年
  11月 - 株式会社すかいらーくに商号
  変更。

 2002年
  11月 - 横川竟が会長を退任。

 2003年
  3月 - 創業者の横川兄弟が取締役退任。
  伊東康孝が社長と最高執行責任者を兼務し
  就任。

  12月 - 持株会社制への移行を発表、
  後に許認可の問題により時期を無期限延期。

 2006年
  3月 - 横川竟が会長兼最高経営責任者 (CEO)
  に復帰。新規事業開発やM&Aを担当。
  株式会社トマトアンドアソシエイツを完全子会社化。

  5月 - 株式会社小僧寿し本部を連結子会社化。

  6月 - 創業家による株式買収 (MBO)・非上場化
  計画を発表。

  9月19日 - 東証一部上場廃止。

 2007年
  1月 - 横川竟が1月1日付ですかいらーく社長に就任、
  会長職は兼務。伊東康孝は副会長兼バーミヤン
  カンパニーCOOに就任。

  7月1日 - SNCインベストメント株式会社が、
  株式会社すかいらーくを吸収合併し、同時に
  株式会社すかいらーくに商号変更。

  8月 - 伊東康孝がバーミヤンの業績回復を
  果たせなかった責任を取り、8月31日付で
  副会長ならびにバーミヤンカンパニーCOOを退任、
  9月1日付で特別顧問に就任した。
  これによりすかいらーくは、横川竟会長兼社長兼
  最高経営責任者 (CEO) のワンマン体制となる。

  10月 - 10月1日付で機構改革・人事異動を行うと発表。
  これまでのカンパニー制度を廃し(持株会社移行中止)、
  新設する10本部による機能別組織運営体制に移行。
  また会長職を廃し、横川竟は社長兼最高経営責任者
  (CEO) となる。


 2008年
  6月 - 栗橋店の店長をしていた契約社員の過労死を、
  春日部労働基準監督署が労災認定。

  8月 - 臨時株主総会と取締役会を開き、横川竟社長
  の解任と谷真常務執行役員の社長就任を決議した。



すかいらーくの不祥事

2007年10月、埼玉県加須市の店長が月200時間超の
サービス残業が原因で死亡した。このことに対し、
労働基準監督署は2008年7月に労働災害を認定して
いたことがわかった。
同社では2004年にも当時の店長が過労死したにも
関わらず、業務が改善していなかったことになる。
 








今週の言葉(『日経ビジネス』の有訓無訓から)



今週の言葉バックナンバー


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自分は継承者 先代から引き継いだ バトンをつなぐだけ 2015.02.16


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自分は継承者
先代から引き継いだ
バトンをつなぐだけ


安部 修仁(あべ・しゅうじ)氏
[吉野家ホールディングス会長]




 昨年8月末に吉野家の経営から完全に

 退きました。持ち株会社の会長には

 とどまっていますが、経営にはノータッチ

 です。


 1992年に社長に就任した時から、自分は

 継承者なんだとずっと思ってきました。

 今振り返ってみても、この観念は不思議な

 くらい強い。何よりも吉野家の牛丼が好き

 だったし、創立者の松田瑞穂さん、会社

 更生時の管財人である弁護士の増岡章三

 先生など、ものすごく魅力的な人たちが

 作り出したものを受け継いだ。

 自分はジョインターとして、次にバトンを

 つなぐ。そのことだけは間違えちゃいけない

 という思いがありました。


 先代が作り上げてきた固有のものを、絶対に

 残さないといけない。そこに僕なんかはほれた

 んでね。


 ただ、時代の変化に合わせて変えるべきもの

 もある。では何を基準にするのか。それは短期

 的な利益ではなく、少なくとも3年後とか5年後

 の未来にその判断がどのように評価されている

 のか。その視点で選ぶべきでしょう。


 一時的には社会的な批判を受けたとしても、

 世間様もいつかは理解してくれる時が来る。

 そのような判断を下すことが継承者の役割

 なんですよ。


 吉野家のお客さんはヘビーユーザーばかり

 です。お客さんの中には「吉野家の味」という

 ものがあって、そのことが今日の来店に結び

 付いている。だからこれまでとは異なる牛丼

 をヘビーユーザーに提供したら、「違う」と

 言われてしまう。


 あくまでも先代から脈々と受け継がれてきた

 吉野家に対するお客さんの期待がある。

 それに応えるのが第一義であり、継承者で

 ある僕の使命だったのです。

 




吉野家ホールディングス会長 安部 修仁 氏

吉野家ホールディングス会長 安部 修仁 氏

「日経ビジネス」 2015.02.16 号 P.001




キーワードは、継承です。


後継者には2タイプあります。
先代の方針を継承する経営者と、先代の
方針を否定し、新戦略を全面に押し出し、
猛スピードで実行する経営者です。


日本企業では、前者のほうが多い気がします。
欧米特に、米国ではゼネラル・エレクトリック
(GE)のように、前任者の経営を否定すること
が社風になっている企業も多くあります。


日本でも、ジョンソン&ジョンソンからカルビー
のトップに、GEからLIXILのトップに就任した
日本人がいるように、外資系企業で経営に
携わっていた人物がトップになり、しがらみが
ないため思い切った戦略を実行できる企業も
出てきました。


安部さんは先代に敬意を払い、継承者に
徹してきました。


2003年末にBSE問題で米国産牛肉が
輸入停止となった時、吉野家は牛丼の
取り扱いを停止しました。


オーストラリア産牛肉と米国産牛肉とは
異なるということで、ヘビーユーザーには
「吉野家の牛丼は味が変わったな」と
気づかれてしまう。


そうなると、ヘビーユーザーは二度と来店
してくれなくなることになる、そうした事態を
危惧した措置でした。


ですが、牛丼の販売を中止するという結論
に至るまでには紆余曲折があった、と推測
されます。


その「事件」以前まで、吉野家は牛丼業界
でシェア1位を誇っていました。


牛丼の代わりに豚丼を提供しましたが、
売上はガタ落ち、首位から陥落しました。


吉野家は実質的に牛丼一本の商売でした
ので牛丼販売中止により、大きな打撃をこう
むりました。


直近では、どのような状況にあるか調べて
みました。



牛丼御三家売上比較

牛丼御三家売上比較



牛丼御三家店舗数推移

牛丼御三家店舗数推移



牛丼御三家客単価推移

牛丼御三家客単価推移






御三家の店舗拡大に急ブレーキがかかっています。
すき家(ゼンショーホールディングス)のブラック企業
発覚と無縁ではないでしょう。


ファミレスとの競争も激化していることも見逃せません。


それでも、商品単価の上昇は明らかです。






今週の言葉(『日経ビジネス』の有訓無訓から)



今週の言葉バックナンバー


とにかく作り使ってみる 圧倒的に高い目標を立て ホームラン狙える風土作れ 2015.02.09



とにかく作り使ってみる
圧倒的に高い目標を立て
ホームラン狙える風土作れ


高篠 静雄(たかしの・しずお)氏
[ソニー副社長]




 今振り返れば、「ウォークマン」が誕生したのは、

 私たちの職場にふらりと訪れた、(ソニー創業者

 の)井深(大)さんに、その場にあった試作品を

 見せたのがきっかけでした。1979年のことです。

 
 私たちの職場には「遊び部隊」と呼ばれる人たち

 がいました。旋盤や板金などの技術を持ち、

 何でも作ってしまう、3人のおじさん職人です。

 彼らに頼み、私たちはアイデアをすぐに形にして

 いました。

 「モノ作り」で大切なのは、とにかく形にしてみる

 ことです。コンピューターのおかげで試作品を

 作る必要性は減りましたが、質感など触れて

 みなければ伝わらない価値を感じる機会も減って

 しまった。最初から完璧な試作品は必要ありません。


 モノ作りの要諦がもう一つあるとすれば、それは

 圧倒的に高い目標を掲げながらも、現場のモチ

 ベーションを高めて実現に向けて邁進するリーダー

 の存在でしょう。


 要するに、リーダーの強い意志が現場を動かすの

 です。もちろん、現場を暗くする高圧的な態度は

 いけません。失敗してもその責任はすべてトップ

 が取ると示すことで、現場が挑戦できる環境をつくる

 ことが大切です。


 もっとホームランを狙えるような企業風土をつくる

 必要があります。井深さんに見せた最初のウォーク

 マンを手に取ると、改めてその思いは強くなります。

 




ソニー副社長 高篠 静雄 氏

ソニー副社長 高篠 静雄 氏

「日経ビジネス」 2015.02.09 号 P.001




キーワードは、ホームランを狙える企業風土です。


高篠さんの言葉の端々から感じられることは、
現在のソニーに対する「やりきれない気持ち」です。


一体、ソニーはどうしてしまったんだ、という気持ち
(と、私は考えています)です。


トップが最終責任を取る意思表示ができなくなり、
若い社員に挑戦させる機会が少なくなったのかも
しれません。


以前、LINEの元社長、森川亮さんは、
「日経ビジネスの編集長インタビュー」の中で、
次のように語っています。


失敗なくして運は来ない
 「日経ビジネスのインタビュー」 から


 僕は以前、ソニーにいました。ソニー時代で

 最も苦労したのは、どの提案に対しても

 「差別化のポイントは何なんだ」と言われた

 ことです。そして提案の中には、「ソニーの

 持つ技術がこう入っているから他社に勝てる」

 というプレゼンが求められました。


 僕はユーザーが求めるものの中で、「良いもの

 をいち早く出す」というシンプルなことがビジネス

 として非常に意味があると思っています。

 




ソニーは当時から、大企業病にかかっていたの
でしょう。あるいは、ソニーから「若々しさ」が失わ
れてしまったのでしょう。


高篠さんについて調べていましたら、SONYの公式
サイトの中に、ウォークマン開発秘話が掲載されて
いました。


少し長くなりますが、ご覧ください。
ソニーがアップルに負けた理由を見いだせるでしょう。



SONY 企業情報
第6章 理屈をこねる前にやってみよう <ウォークマン>

第1話 理屈をこねる前にやってみよう
第2話 なぜ、録音機能がないの?
第3話 「ちょっと聴いてみてください」
第4話 「ミスター・モリタ、『ウォークマン』が欲しい」



全文は、下記のウェブサイトをご覧ください。
第6章 理屈をこねる前にやってみよう <ウォークマン>


 大曽根の部下の高篠静雄(たかしの しずお)たち

 開発メンバーは、1週間に2~3日の徹夜は当たり前

 という日々を送っていたが、不思議なことに、

 彼らに追い詰められた悲壮感はなく、至る所でジョーク

 が連発され、作業場に笑いが絶えなかった。

 

 (第1話 理屈をこねる前にやってみよう)




 この1号機開発には、技術的な苦労はほとんどなかった。

 既存の技術を組み合わせて、信頼性を最重視してまとめ

 上げることにすべての力が注がれた。

 

 (同上)




 名前を決めようと、知恵を絞ったのは、宣伝部の若手

 スタッフたちである。ああでもない、こうでもない、

 と議論しているうちに出てきたのが「ウォークマン」だ。

 当時スーパーマンが流行っていたのと、基となった機種

 がプレスマンだったことから若いスタッフが思い付いた

 のである。

 

  (第2話 なぜ、録音機能がないの?)



 「こんなのを作ってくれ」とアイデアを出したのは、

 70歳を過ぎた井深で、「これはいけるぞ」と商品化に

 熱中したのは60歳に近い盛田である。

 彼らは、自分の年齢にも、過去の経過や成功にも

 捉われることがなかった。

 絶えず好奇心に満ちあふれ、若者の生活にアンテナを

 張り、新しい商品提案を支持する感性と、何よりも熱意

 を持ち続けていた。

 

  (同上)




 初回生産の3万台は8月いっぱいで売り切れ、

 今度は生産が追いつかなくなってしまい、

 品切れ店続出という状態が6ヵ月間も続いた。

 「こんな録音機能のないものは……」と否定的だったのが

 嘘のように、「早くくれ、早く」とあちらこちらから嵐のような

 注文が来る。

 

  (第3話 「ちょっと聴いてみてください)



 こうなるのを早くから、もしかすると盛田以上に見抜いて

 いたかもしれない人たちがいた。

 それは、デパートの「丸井」の若い購買担当者たちだ。

 彼らは、ウォークマンが、秋葉原辺りの量販店、

 特約店、ひいてはソニーの営業サイドにさえ、

 半ばそっぽを向かれていた頃、「これは絶対に売れるよ」

 と言い切り、1 万台の注文を出していた。

 丸井では若い担当者たちに責任と権限が与えられていた。

 彼らは、若い感性で「絶対いける」と確信を持っていたので

 ある。

 

  (同上)




 アメリカでは「サウンドアバウト」、イギリスでは「ストウアウェイ」

 (密航者という意味)、オーストラリアでは「フリースタイル」。

 その結果、世界には、「ウォークマン」の他に3つの異なった

 名前が誕生した。

 

  (第4話 「ミスター・モリタ、『ウォークマン』が欲しい)




 ところが、盛田がヨーロッパに行くと、仕事などで会う人が

 メモを見せてこう言うのである。

 「ミスター・モリタに会うと言ったら、息子から『ウォークマン

 がどうしても欲しい。何とか手に入れる方法を聞いてくれ』

 と頼まれた。ウォークマンとは何のことかよく分からないん

 だけどね」。

 イギリスでもフランスでも言われた。

 どうやら日本で人気となったウォークマンを、来日した

 外国人やスチュワーデスたちがお土産に買っていくように

 なり、この「ウォークマン」の名前が先に知れ渡っていたのだ。

 

  (同上)




 (盛田)会長直々の通達が世界中を駆け巡った。

 「今後、世界中すべて『ウォークマン』いう名前に統一せよ」

 

  (同上)




 この和製英語「ウォークマン」は、ヘッドホンステレオの総称と

 誤解されるほど定着し、海外の権威ある辞書に載るまでに

 なった。1981年にはフランスの辞書『プチ・ラ・ルース』に、

 1986年にはイギリスの代表的な辞書である

 『オックスフォード・イングリッシュ・ディクショナリー』

 に掲載された。さらに日本でも、『広辞苑』に掲載される

 ようになった。

 盛田は、「ウォークマン」という言葉が英語として認められる

 ほどに商品が世の中に定着したという事実に、この上ない喜び

 を覚えた。



 そして、1995年度には、ついに生産累計1億5000万台に

 達した。

 

  (第4話 「ミスター・モリタ、『ウォークマン』が欲しい)


若かりし頃のスティーブ・ジョブズはソニーに表敬訪問
していました。ソニーを尊敬の眼差しで見ていたのです。


スティーブ・ジョブズが後に iPod を発売したのは、
ウォークマンを見て、ウォークマン以上に受けるモノを
作ろうという意志を持ち続けたからです。


ソニーはアップルに「敵に塩を送る」ことになったと
考えるのは、後解釈でしょうか?






今週の言葉(『日経ビジネス』の有訓無訓から)



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米国で若者に痛罵され 起業家精神に目覚める 内から湧く勇猛心を持て 2015.02.02



米国で若者に痛罵され
起業家精神に目覚める
内から湧く勇猛心を持て


千本 倖生(せんもと・さちお)氏
[イー・アクセス創業者]




 私は日本電信電話公社(電電公社)に勤めていた

 1960年代に、フルブライト奨学金で米国に留学

 しました。米国に行って、大きなことをして、自分も

 成長したいと思っていました。ただ、心の片隅には、

 巨大企業・電電公社の技術者として米国に来たんだ

 という思いも抱いていました。

 大学院では寮に入り、ジョン・ヒスロップという白人

 男性と同室になりました。ある日、彼から「サチオは

 日本のどういうところから来たんだ」と尋ねられました。

 私は肩をいからせて、「政府資本が100%で独占

 企業の日本電信電話公社から来た」と誇りを持って

 言ったわけです。

 その時、彼から返ってきたのが、クソ野郎とか、

 こん畜生といった意味の「damn!(ダム)」という言葉

 でした。

 彼は就寝前に聖書を読み、日曜日には教会に

 行くような紳士的な男です。


 彼がなぜそういう言葉を使ったのか、本当の意味で

 分かったのは半年から1年位たってからです。

 米国では、国に守られた独占企業に所属すること

 より、リスクを取って挑戦し、新しい価値を作ること

 が尊敬されます。

 実際、一番優秀な人は自分で起業しますし、その

 次に優秀な人は米グーグルなどの新しい企業に

 自分から飛び込んでいきます。彼はなぜそういう

 道を考えないのだと言いたかったわけです。

 ショックでしたね。


 その後、私は日本に帰国して、電電公社に十数年

 在籍しました。充実した会社生活を過ごしていまし

 たが、80年代半ばの電電公社の民営化の時、

 状況が動き始めました。


 私は、当時の日本の電気通信業界には健全な

 競争関係が必要だと考えていました。


 社会的に意味のある、健全な競争を実現できる

 ような競争相手を作らないと、日本の電気通信を

 お客様が使いやすい適切な価格で提供できる

 ようにはなりません。


 こう考えていた人は、電電公社の内外にたくさん

 いました。けれど。実際に動いて会社を作った

 のは私1人だけでした。私を突き動かしたのは、

 米国での体験、ジョンの言葉でした。自分でやら

 なきゃダメだと。


 認識しているだけではダメ、決断しアクションに

 結び付けないといけません。一歩を踏み出すか

 踏み出さないかは、天と地ほどの差があります。


 大きな志と、世の中の常識にとらわれない心を

 持てば、必ず一歩を踏み出せます。実際、ここ

 2~3年、私の周りでもアクションを起こす若者が

 増えたと感じています。起業も増えています。


 起業が日本の将来を決めます。世界にインパクト

 を与えるようなベンチャーが、日本から1社でも

 多く出てきてほしいですね。日本にはその可能性

 があります。

 




イー・アクセス創業者 千本 倖生 氏

イー・アクセス創業者 千本 倖生 氏

「日経ビジネス」 2015.02.02 号 P.001




キーワードは、起業家精神です。


千本さんはKDDIの前身の1社、DDIを京セラの創業者、
稲盛和夫さんと創業しました。


その後、千本さんは独立し、イー・アクセスを創業しました。


現在でも、日本では良い大学を出て、大企業に勤務する
ことがエリートコースという考え方が色濃く残っています。


千本さんも米国留学の際、大企業(しかも政府の出資に
よる独占企業)に勤務していたため、自信満々だったの
です。


ところが、大学院で寮に入り、同室になった男性から
「痛罵」されたことでショックを受けました。


自分(日本人)の基本的な考え方を根底から否定され、
自信がガラガラと音をたて、崩れてしまったのです。


ですが、その後の千本さんは起業家精神を発揮し、
行動に移したのです。米国での体験が彼の背中を
押したのでしょう。


頭では理解していても、いざ断行しようとすると、
周囲の反対に遭い、断念することが多いですね。


一歩踏み出すには、「清水の舞台から飛び降りる」
くらいの勇気が必要かもしれません。


幸い、千本さんの周囲でも「アクションを起こす若者が
増えた」というのは、将来に期待が持てる良い傾向です。


敢えてリスクをとって行動することが、これからの時代
には大切なマインドとなるでしょう。






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藤巻隆(ふじまき・たかし)です。

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このブログは、30年近く年間購読している『日経ビジネス』の有訓無訓から印象に残った言葉をご紹介するブログです。

優れた経営者が発する言葉には、実績に裏打ちされた重みがあります。私だけではなく、きっとあなたも刺激を受けることでしょう。

『日経ビジネス』は週刊誌ですので、週に一度は必ずブログを更新します。その他、関連したことなどがあれば、掲載していく予定です。

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